インストラクショナルデザイナー(ID)の仕事は、専門家(SME: Subject Matter Expert)なしには成り立ちません。
ただ、、、SMEとの協力関係には常に共通の課題がつきまといます。
「あのSMEさんの専門知識は素晴らしいけど、結局メインはどの部分?」
「何度もレビューをお願いしているけど、返事がない。。。フォローアップしたら迷惑かな。。。でも返信ないとプロジェクトが進まない。。。」
これは、IDとSMEの間にある「知識の壁」と「時間の壁」に起因します。
SMEの使命は「完全な情報提供」ですが、IDの使命は「行動変容」です。SMEが厳選した材料を、IDが料理するわけです。ただ、IDはその材料についての知識が十分にありません。
そこで今回は、この視点のズレを埋め、SMEの貴重な知識を「学習者が現場で使える行動」に変えるための、IDのコミュニケーション戦略についてお話します。
💥 課題の核心:SMEの「知識の呪い」を解く
SMEは長年の経験から、特定の分野に関する膨大な知識を持っています。しかし、その知識は時に「知っておいてほしい」という強い願望となり、例えば膨大な情報が提供され「どれも同じくらい重要」となると、学習目標の選定が難しくなります。これは時に「知識の呪い(Curse of Knowledge)」となります。
この呪いを解き、SMEの知識を学習者のパフォーマンスに直結させるために、IDはコミュニケーション戦略を能動的に展開する必要があります。
戦略 1:情報の「いる/いらない」を明確化する質問術
SMEは情報が欠けることを恐れますが、学習者は認知負荷が高すぎることを恐れます。
この溝を埋めるのが、「学習目標」に基づいた質問術です。
1. 「なぜ教えるのか」から逆算する
SMEから情報を抽出する際、単に「このトピックについて教えてください」と聞くのではなく、「この知識がないことで、現場でどのような困りごとが起こりますか?」と質問を変えます。
| NGな質問 | IDが取るべき質問 | 目的 |
| 「新システムの全機能について教えてください」 | 「新システムで最もユーザーが失敗しやすい操作はどれですか?」 | 現場のリスクから学習ニーズを特定 |
| 「この専門用語について教えてください」 | 「この専門用語を知らないことで、顧客とのコミュニケーションにどのような影響が出ますか?」 | 行動変容に直結する知識に絞る |
2. 「行動」で区切りをつける
SMEから大量の情報を得たら、それを「知識の山」として扱うのではなく、「行動の連鎖」として例えば以下のように分解します:
知識・情報 → スキル → 実践 → 効果・結果(Outcome)
知識(What)とスキル(How)を明確に区切ることで、SMEも情報の優先順位をつけやすくなります。
戦略 2:衝突を回避するレビュー依頼とフィードバック術
SMEにレビューを依頼する際、単に「内容を確認してください」と送付すると、SMEは「情報の正確性」に集中し、IDが意図しない方向(情報の追加、専門用語の復活)に修正されるリスクが高まります。
IDは、レビューの範囲を明確に限定することで、SMEを「編集者」ではなく「専門知識の番人」として活用します。
1. レビュー依頼時の「目的の限定」
レビュー依頼時には、例えば以下のような質問にのみ集中してもらうよう依頼します:
- 正確性: 「この行動は、現場で求められる最善かつ最も正確な手順ですか?」
- 安全性/コンプライアンス: 「この手順に沿った場合、安全性や法令遵守の観点で問題はありませんか?」
- 専門用語の不備: 「専門用語の翻訳(平易な言葉)に、意味を誤解させるような不適切な箇所はありませんか?」
【NG】「このパートにはもっと情報を追加できますか?」
2. 「なぜそうしたか」を説明するレビュー回答
SMEから「この情報は不足している」「この専門用語を復活させるべきだ」というフィードバックが来た場合、感情的にならず、IDの設計意図をロジックで伝えます。
- IDの回答例:「ご指摘の『背景知識』は大変重要ですが、このトレーニングの目標は『緊急対応時の手順』に焦点を絞っています。この情報はこの目標達成に必須ではないため、今回は補足資料として別枠に移動することを提案します。」
戦略 3:SMEの時間を奪わないための「逆引きアジェンダ」
SMEの時間は非常に貴重です。IDはSMEとの会議を「情報抽出」の場ではなく、「情報の最終確認」の場として位置づけ、SMEの負担を最小限に抑えるべきです。
1. インタビュー前の「逆引きアジェンダ」
インタビューの前に、IDは自分の推測に基づいた「学習内容の仮説(ドラフト)」を作成し、それをSMEに送付します。
- アジェンダの内容例:
- 確認事項 1: 「この学習目標でいいか?」
- 確認事項 2: 「この前提知識(IDが準備したもの)で十分か?」
- 確認事項 3: 「学習者が失敗しやすい最も重要な箇所はどこか?」
SMEはゼロから教える必要がなく、IDの仮説をチェックして修正するだけで済むため、時間の節約になります。
2. レビューサイクルの最小化
例えば「毎日16時に下書きを送りますので確認をお願いします」と言うと、大抵の人はウンザリして「はいはいは~い」とさらっと見て適当に返信してしまう可能性があり、やり取りが形式になってしまう恐れがあります。そうなると、SMEの関与は薄れ、モチベーションは下がります。
なので、依頼する際には以下のようにレビューの目的を絞って明確にしておきましょう:
- 「全体レビュー」は極力避け、「部分レビュー」を細かく実行する。
- 例えば、「第3章の専門用語の定義」など、具体的な範囲と目標を明記して依頼する。
- 最終レビューは、「学習目標が達成可能か」というパフォーマンスの観点に絞って実施する。
まとめ:コミュニケーション戦略こそIDの価値
SMEとの連携は、IDのプロジェクト成功の鍵です。
SMEの知識を尊重しつつ、学習者の行動変容というIDの使命を見失わないこと。そして、この二つの視点を結びつけるためのコミュニケーション戦略こそが、IDの最大の付加価値となります。
今回ご紹介した3つの戦略を実践することで、ID は単なる「教材作成者」ではなく、SMEの貴重な知識を「成果に繋がる学習体験」へと変える、真のトランスレーター(翻訳者)としての役割を果たせるでしょう。
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